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スペシャルインタビュー#2
“UA”、“髭(HiGE)”等のアーティストが所属する「3rd Stone From The Sun」の社長に見いだされ、2002年、九州(福岡)から上京してきたBO-PEEP。メンバー全員が女の子のバンドだが、“女性とは思えないラウドな音”と評されるそのサウンドは、イギリスのある音楽ジャーナリストも注目するほど。2006年に初のイギリス・ツアーを行い、そのライブ・パフォーマンスが雑誌やwebで話題になったことから、同年10月にも渡英したというBO-PEEP。まさにパワー全開!!な彼女たちの素顔に迫る!
BO-PEEP Profile
(写真左から)姫井順子(B.)、吉村美香(G./Vo.)、中野良子(Dr.)による3ピース・バンド。メンバー全員が福岡市出身。それぞれが中学・高校時代からバンドを始める。吉村と中野は短大時代に出会う。その後、姫井が加入し、2000年10月にBO-PEEPを結成。2002年に拠点を東京に移し、都内のライブハウス等でライブ活動を開始。2003年に1stミニアルバム『0×3』、2005年に2ndアルバム『Time of rock』(共に、3rd Stone F.T.S.)をリリース。2006年春にはイギリス・ツアー「It came from JAPAN」を行い、同年10月にもライブのため渡英。2007年1月、フルアルバム『is it good for you? !!』(3rd Stone F.T.S.)をリリース。
BO-PEEP オフィシャルサイト:http://bo-peep3.com/
ライブは、機材の調達から始まる!!
--イギリスでのライブはどうでした?
吉村:「イギリスには2回行ったんです。1回目はツアーで、ウチのバンドのほかに大阪のバンドと、あとイギリス在住の日本人留学生バンドと。この3つで、いろんなところをまわったんですけど・・・。」
姫井:「ライブハウスでも演奏したけど、野外でもやったよね。」
吉村:「ホテルの敷地内に作った、でっかいテントの中とか。」
中野:「すご〜く素敵なイングリッシュ・ガーデンの中っていうのもあったよね!」
姫井:「最初の海外にしては、すごく恵まれた状況で、コーディネートをしてくれたイギリス人ジャーナリストに、会場までの送り迎えなんかもしてもらったんです。」
吉村:「でも、2回目に渡英したときは、ウチのバンドだけだったから、機材の調達なんかも自分たちでやんなきゃならなくて。対バンの人たちに機材を借りるところから。」
姫井:「基本的に、向こうのライブハウスには機材がないんです! 全部、自分たちで持ち込むのが当たり前になっていて。」
中野:「ドラムセットも置いてないもんねぇ・・・。」
姫井:「本当に、まっさらなフロアから始まるんですよ。だからドラムセットもアンプも、対バンになった人に「かしてくれない?」って言って、「ダメ」って言われたら、また次のバンドに言う、みたいな感じでしたね。」
吉村:「向こうは、リハも、なんか適当〜な感じで、「とりあえず音が鳴ってれば、充分じゃん?」みたいなところがあった(笑)。だから日本に帰ってからのリハの時間がすごく短くなったし、何もないところでもできる! どんな状況でもやれる!っていう強さは、身についたかもしれないよねぇ!」
中野:「うん、やっぱり、日本のライブハウスは、すごく環境がいい!! 機材にしても、PAにしても、ちゃんとしてると思います。私なんて、向こうでショックだったのが、ドラムの椅子が、おふろにある椅子ぐらい低くて〜! でも、がんばって、それで叩いてたんですよぉっ!!」
--お客さんの反応は?
吉村:「なんにも反応がなかったらどうしよう・・・って、初めはちょっと怖かったんですけど、でも、反応がないところはひとつもなかったですね。」
中野:「どこに行っても、すごく盛り上がってくれて、若い人だけじゃなくて、お母さんぐらいの年齢の人も、「あなたたち!いい!!」って言ってくれたよね(笑)。」
姫井:「おじいちゃんとか、おばあちゃんも喜んでくれた。」
吉村:「“楽しむ”って姿勢が、なんか、日本とは違うのかなって思った。」
中野:「日本だと、ライブハウスは地下にあることが多いけど、向こうでは建物の1階にあったりして、ふらっとお酒を飲みにくるような感覚で、ライブに来てくれるんです。」
姫井:「ホントに気軽な感じでライブを楽しんでくれるし、ミュージシャンたちの方も、クソ真面目にやるんじゃなくて、すごく楽しんで演奏してるんです。」
気持ちのいい音を、自分の感覚で探しながら
--ところで、皆さんが楽器を始めたのは、いつ頃から?
吉村:「高校時代はバレーボール部で、まぁ・・・今でもある意味、体育会系ではあるんですけど(笑)。それが終わり、高3の終わり頃にバンドに誘われて、最初はボーカルだけだったんです。で、短大に進学してからギターを始めましたけど、真剣にギターに取りくむようになったのはBO-PEEPを結成してからだと思います。ギターを始めたばかりの頃は、本でコードを勉強して、おきまりだけど“F”で一度、挫折をして(笑)。・・・やっぱり、3ピースになって、自分がギターを弾かないといけない状況になってから、ですね、真剣になりだしたのは。でも、コードは今でも得意じゃないです。コードを覚えて弾くというより、この音の響きがいいとか、鳴り方がいいとか、感覚的に音を探しながら弾いてる感じですね。」
姫井:「私の場合は、大学のサークルに入ってからベースを弾き始めたんですけど、それまではぜんぜん弾けなかったんです。サークルでバンドを組んで、膨大なコピーをして、それで覚えたっていう感じですね。」
中野:「私は中学でバンドを始めたんですけど、最初は、友達に「キーボードをやって」と頼まれたんです。それでキーボードをやってたんだけど、ライブの前にドラムの子が辞めちゃって、「キーボードはいらないから、ドラムやって!!」といきなり言われて。そうは言ってもドラムなんてやったことないし、ライブまで、あと1週間しかない!! そういう状況だったんですけど、結局、ドラムをやることになって、ライブでめちゃくちゃなドラムを叩いて、それからドラムです(笑)。最初の頃は、テープを聞いてコピーしても、どの太鼓を叩いてるかわからないから、たぶん、めちゃくちゃにやってたと思うし、間違って、タムの革をスネアに張ったこともある!!」
吉村:「吉村 そういうこともあったよねぇ! 「良子ちゃんのスネア、すごい音する! いい音するねぇ!」って言われて、実は、革を間違えて張ってた・・・(笑)。」
1年やって、このバンドに何も見えなかったら、辞めよう
--音楽の道に、本格的に進むことになったターニング・ポイントは?
吉村:「短大を卒業して進路を決めるときに、親からは「就職しなさい、バンドは趣味でやればいいじゃない」って言われたんだけど、私の頭の中には音楽しかなかったんですね。その頃は、若かったから、「音楽でやっていく」ってことが実際にどういうことなのかも、まだぜんぜんわかってなかったんですけどね。」
中野:「短大を卒業して、私は一度、就職してるんです。バンドをやりながら建設会社で家の設計図を書いてました。でも、それはやりたいことではなかった。その後、そのバンドがダメになってしまって、どうしよう・・・と思ってたら、美香が「またバンドやろう!」って。それがBO-PEEPです。でも、先が見えない不安もあったから、1年やってみて、このバンドに何も見えなかったら辞めようってことで始めたんです。」
姫井:「だから私は、「1年で辞めるかもしれないけど、いい?」って言われて、このバンドに入ったんです。」
中野:「でも、それから、ものすごく練習した!! 週3回はスタジオに入って、」
吉村:「仕事とかバイトが終わってから、夜の3時間、」
姫井:「ライブをやる度に、どこがダメだったとか、すごく話し合ったり、」
吉村:「なんであんなに、がんばれたんだろう・・・って思えるくらい、密度の濃い、いちばん練習した時期だったよね。その1年があったから、曲も音源も作れたし、今、お世話になっている“3rd Stone”にもつながったんだと思う。それから東京に出てきて、東京のバンドからもいろんな刺激を受けた。」
姫井:「福岡という土地は、バンドでは、ちょっとしたブランドみたいになってるけど、やっぱり、それまでは自分の中に「地方だから」というあまえもあったんだと思う。」
吉村:「東京には福岡に無いものもいっぱいあったし、ライブハウスの数も、バンドの数も多くて、その中で生き残っていくのは大変なことで、」
姫井:「ここであまえたら、どんどん埋もれてしまう! みたいなね。」
--これまでに苦労したことは?
吉村:「自分たちのやりたいことと、お客さんが求めていることが、同じとは限らないってことかな。だからいろいろと変えていきましたね。曲作りにしても、ライブの魅せ方にしても。ウチらは女の子のバンドだけど、ゴツゴツした音楽をやっているから、その音楽としゃべりのギャップみたいなものを出していこうとか、もっとステージで動いていこうとか、いろいろ工夫する必要がありました。」
姫井:「それから経済的なことも。東京に出てきたばっかりのときは、お金がなかったからルームシェアをしたり、バイトで稼いだお金も、バンドに投資しちゃうんですけど。でも、貧乏でもつらいと思ったことはないですね。お金は使えば消えるけど、バンドをやっていて自分たちの中に残る物は大きいし、打ち上げで知り合った人とのつながりもそうだけど、そこにはお金では買えないものがあります。」
きちんと働けない人は、音楽でも、がんばれない!!
--今までに、どんなアルバイトを?
姫井:「答えになっているかわかりませんが、いくら練習してもうまくなれないという話を聞きます。その時に僕がいつも言うことは、『どれだけ練習すればいいのかということに置き換えるとわかりやすくて、そうするとその答えは、どれだけ音楽好きかということ』になるんです。音楽でプロになっていくほとんどの人は楽器を離さない。よく、肌身離さずと言いますが、そこに楽器が入っているかどうかですね。ギタリストだったら抱いて寝るとか言いますが、それくらいプライベートすべてにおいて楽器が頭から離れないくらいじゃないと。あとはどういう質の練習をするかになるわけですが、とにかく最初だけは基本を学んだほうがいいと思います。音楽にはいろんなルールがあるので、それは知ったほうがいい。ビートルズは3つのコードで曲を作ったというけど、まずそれをやってみて、その次は何だろうとやっていけばどんどん学びが広がります。僕が専門学校の先生をやっていた時に学生に言ったことは、『僕が5年かかって覚えたことを2年で教えよう』。1人でやっているとそれくらいかかるんですよ。わからないことを誰に聞いていいのかもわからない。この弾き方が合っているのかどうかわからない。
僕がアマチュアだった頃は、それを知るために月1回のライブに行って自分よりうまい人を見て、『あの手の動かし方は何だー!』てびっくりして『どんな練習してるんですか』って聞いて教えてもらうんです。1つの手首の動かし方がわかるのに1カ月かかることもあるんです。でも学校の先生に聞けば一発解決ですよ。学校はそういうことのためにあると、いつも言っていましたね。教えてもらう場所があるのとないのとでは、上達するまでに倍くらいの時間差が出ますね」
−−そうすると、やはり学校へは行ったほうがいいと。
今村:「「長期休暇はできません!」と言われて、ツアーの度に辞めてるから、いっぱいやってます(笑)。私にとってバイトは、バンドをやっていく上で必要なお金を稼ぐ手段なので、倉庫に行く日雇いのバイトもしたし、駅前でフリーペーパーを配ったり、銀座のチョコレート屋さんでバイトしたり・・・。」
吉村:「何をやるにしてもお金は必要になるから、今でもメンバー全員がバンドをやりながら仕事もしてるんだけど、要は、目標をどこに置くかだと思うんです。ウチらはその目標をバンドに置いてるから成り立ってるんだけど。」
中野:「私、今、建設会社の正社員なんです。前とは違う建設会社ですけど、社長が太っ腹な人で、バンドを応援してくれてるから、ツアーにも行かせてくれるんです。たしかに、働きながらバンドをやっていくことは大変だけど、バンドだけをやっていたら、きちんとした音楽ができるかといったら、そうでもないと思うんですね。自分で稼いだお金をバンドにつぎ込んででも、それでも音楽をやりたい!という強い意志があれば、働きながらでもバンドはできると思うし、逆に、きちんと働くことができない人は、ちゃんとした音楽もできないと思うんです。」
吉村:「たしかに、仕事とバンドを両立させるのは大変なことです。朝から夜7,8時まで働いて、夜10時からスタジオに入って練習して、家に帰ったら、もう深夜 1,2時で、休日にはライブをやって、打ち上げで深夜まで飲んで、また朝が来て、仕事に行って・・・。ぜんぜん楽ではないんですけど、やっぱり、そこにやりたいことがあるから、やっていけるんですね。」
やりたいことが見つかったら、とにかく行動してみよう!!
--これから自分の進路を決める若い人たちに、メッセージをお願いします。
吉村:「自分のやりたいことが見つけられるってことが、いちばんいいことなんじゃないかな。そして、その「やりたい!」と思った衝動を大切にして、その第一歩を踏み出すことが大切なんだと思う。最初から完璧を目指すんじゃなくて、とにかく行動してみる。その先、壁にぶち当たることもあると思うけど、それはそのときになってから本気で考えればいい。」
姫井:「思いついたらまず行動してみて、やって失敗したら変えればいいんだから。」
中野:「そして、どんな形ででもいいから、「やりたい!」と思ったことを貫き通すことが大事だと思う。続けることはとっても大事。辞めるのは簡単なことだからね。」
吉村:「行動あるのみ!! 自分たちも上を目指して、これからもがんばっていくので、皆さんも自分の夢に向かって、どんどん行動してみてください!!」










